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	<title>現代町家</title>
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	<description>ルール化された設計と、地域の因子を活かしてたてる、現代の町家。</description>
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		<title>その3 -家と町をつなぐもの</title>
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		<pubDate>Fri, 07 Oct 2011 08:02:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[建築家 趙海光の「現代町家ファイティング日誌」]]></category>

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		<description><![CDATA[家のウチとソトとの「さかいめ」の話しでした。そこをどんなふうに生かすべきか。現代町家の核になるテーマですので、もうすこしこの話しを続けましょう。 過去と現在、ふたつの連続平面図 現代町家をはじめたころ、ぼくたち（小池一三、村田直子、それにぼくの三人）の興味は「家が建ったあとに残る空地」に集中していました。 家が建ったときには必ず隣地とのあいだに空地が残ります。これは一敷地一建物を大原則とするいまの日本の町の宿命ですが、この宿命はじつは意外に歴史が浅くて、たとえば江戸期の町家にはこういった家と家のあいだの隙間、というか空地は見られません。 ここに文化年間（19世紀初め）の京都、指物町の復元図があります。 図-1 この復元図は釜座通りと竹屋町通りが交差する街区を示すものですが、ご覧のように隣地と壁を共有した町家が道路にたいして隙間なく並んでいます。空地は壁に囲まれた中庭や奥庭として現れますから、これはむしろ敷地を壁で囲い込んだローマ時代の都市の街区に似ています。 この復元図を眺めているうちにふと思いつきました。もしもぼくらが考える現代町家の方法をこの街区に当てはめて、その平面図をここにはめ込んだらどういう町並みが現れるか。 で、やってみたのがこの図です。 図-2 通りにたいして右ての街区は文化年間の復元図のまま残し、左ての街区に現代町家のブロック模型をはめ込んで、少し離したところにその平面図を置きました。 敷地境界線はすべて過去の復元図のままです。敷地間口は６〜８メートル。奥行きは１5〜２0メートル。その短冊形の敷地に４、５、６メートル三種類のベース（母屋）を敷地ごとにシングル、ダブル、ジョイントのかたちで組み合わせて配置し、さまざまタイプのゲヤ（下屋）でつないで連続させたのがご覧の平面図です。 「空地」がつくる風景 こういうのは恐れずにやってみるものですね。やってみて初めて気がついたことがたくさんあります。たとえば町のなかで空地がもつ意味。 図面を見ていただくとわかりますが、ぼくらがつくった連続平面図では一軒の家がたくさんの小さな庭、というか空地（図面の緑色の部分）を抱き込んで、それがさらに隣の家の空地へとつながっていく状態が描かれています。 じーっと見ていると、なんだか図と地が反転してくるような錯覚を覚えませんか？ つまり建物のほうがネガで空地のほうがポジに見えてくる。 そう見えるのは家と家とのあいだ、家と道路とのあいだ、そして家の凹みのあいだの空地がみな連続して、つながっているからです。もしかしたら、町の風景をつくるのは、建物自体よりもこの空地のほうなんじゃないかとぼくは思いました。 よく言われるように、日本の町は隙間だらけです。中国でも西欧でも町は壁でできていて、空地は連続する居住ブロック（中国では「坊」と呼ぶそうです）にえぐられた穴（中庭）ですが、日本の場合はもっとルーズで、むしろ隙間のほうが町の風景を決めている。 ぼくはその「ゆるい」町の風景がとても好き（ぼくの住んでいる目黒近辺がちょうどそんな感じです）なのですが、どうも中国でも近年、かつての密実な都市の壁が壊れ始めているらしい。 中国の町づくりについて、歴史学者の妹尾達彦さんがこう発言しています。タイトルは「壁に囲まれた時代から壁が崩れていく時代へ、そしてこれから」。 妹尾さんによれば「中国は、城壁から民家の壁、各部屋を区切る壁にいたるまで徹底した壁の文化」なのだけれど、「1950年から60年代には城壁を完全に撤去する政策が始」まって、「居住ブロック（坊）の壁自体が住民の手でこわされてゆくことすら」起きている‥‥‥。 「ユーラシア大陸のシルクロードの沿線上の城郭都市も、速度の違いはあれ、住居を囲む壁が崩れていくのは共通」で、その理由を、妹尾さんは「地域共同体が解体して機能集団がつくられる近代社会では、壁が機能的に邪魔になる」からだといっています。（都市住居の普遍と変容・すまいろん65号） なるほど隙間だらけの日本の町というのも捨てたものじゃない。あのルーズでアナーキーな町のでき方というのはむしろ「近代社会」を先取りした都市の姿だったのかもしれません。 さて話しがすこし飛んでしまいました。中国のようにモノとしての強い壁はもたないけれど、じつは「見えない壁」の圧力にさらされているのがいまの日本の町です。防犯、プライバシー、日照、それらは見えない壁と化していまの町を覆っている。それがいちばん強く出ているのがシャッター付き雨戸でしょう。あれは「密室化」してゆくいまの家の姿を象徴しています。 閉ざす技術だけが肥大して、「家のウチとソトのさかいめ」はいま過度に硬直化し始めています。だから、ただ空地をつくればよいというものではなくて、閉ざした家をもういちど開かせるようなしくみがそこになくてはならないわけですが、ではどうしたらよいか。 現代町家が用意した答えはまことに単純。「そこを植物で埋め尽くせ」。 都市のなかの植物群 なんて安直なんだ、と笑われるかもしれませんね。 じつはぼくも最初、「植物なんていうのは逃げなんじゃないか」と気乗り薄でした。ところがよく考えてみれば、これはそうでもない。 問題は「都市の自然」をどう考えるか、です。意外にも都市には自然が多い。そこにはミツバチが飛び交いタンポポが群生する、濃密な自然があるのです。（銀座のビルの屋上で養蜂し、ハチ蜜を採集している、なんていうのはその代表例でしょう。）ただ、その自然は郊外住宅の庭のようなまとまりはなくて、いわばスキマ化（路地化）している。だからあまり意識化されないのですが、そういった細切れの自然をつなぎ加速することが、家を開くための最初の一歩になるでしょう。 現代町家のスタート時（ちょうど上で見ていただいた「町家の連続平面図」をつくったころですが）、家が建った後に残る空地をどう建築化すべきか、議論を重ねました。造園家の田瀬理夫さんにお会いしたのも、このころです。 田瀬さんは当時、都市に残されたスキマの緑化に取り組んでいたのですが、そのやり方を見て驚きました。植物が立体化されている！ わずか１メートル幅くらいの路地状の空地が植物で立体化され、空中に葉叢が生い茂る、そのシーンは圧倒的でした。 もしもこういうやり方でスキマの緑化を個々の家に埋め込めば、同時多発的に都市全体の自然が加速するのではないか。そう思わせるだけの力がそこにはありました。 さてしかし、現代町家という家づくりの方法に田瀬さんの力をどう重ね合わせたらよいか。 ただ「庭」をつくるというだけでは、ここで考えている「町家」になりません。庭が「建築的な装置」として、窓や屋根とおなじような働きをする必要があります。 たとえば江戸期の町家は「坪庭」という優れた装置をもっていました。個々の家にとっては通風と採光のための小さな庭ですが、町全体にとっては坪庭がつながりあって上昇気流を発生させるという、まさにあれは都市建築的な装置です。あれに代わる何かをいまつくるとしたら？ 「『一坪里山』というのはどうだろう」 そう言いだしたのは小池一三さんでした。 「たとえ一坪でもいいから、一軒一軒の家が里山をもつ仕組みをつくったら面白い。いつかそれがつながって町の風景が変わるんじゃないか。」 なるほどと思ったのは、それまでにぼくらは里山について、造園家の田瀬理夫さんから何度かレクチャーを受けていたからです。 「里山」を実体験するために、ぼくらは田瀬さんに連れられて博多近辺の沢筋をさかのぼったりしたこともあって、すでにいくぶんかの知識は得ていました。 山道を歩きながらのレクチャーというのは、なかなか粋なものです。 ‥‥‥植生には地域差があるから、それを乱してはいけない‥‥‥都市の公園みたいな単調な植物相をつくってはだめだ、多種混生がよい‥‥‥在来種が多種混生する草地の景色は明るい黄緑色で、それが日本の原風景だ‥‥‥。 いろんな話しを聞いたのですが、なかでもとくに印象的だったのは、田瀬さんが「里山の植物を都市に運ぶ」という一種の運動をしていたことです。小池さんが「一坪里山」と言ったのは、それをふまえたものでした。つまり、背後の里山と家庭の庭を、地域に自生する植物でつなぐ。 事態はそのころ急速な勢いで動き始めています。大分と博多で現代町家のモデル建設が進み、もはや終盤にさしかかっていました。急いで田瀬さんに九州へ飛んでいただいて、具体的な里山計画がスタートしました。 大分、博多、広島と、田瀬さんとの共同作業がつづいて、「一坪里山」を町と家のつなぎめに埋込む作業はいまも継続中です。息の長い作業になりそうですが、設計者としていまの時点で気がついていることを以下にランダムに列記しておきましょう。 境界を閉ざさないほうがよい 安芸町家 実際にやってみると、「一坪里山」というのはこれまでの「坪庭」や「中庭」というのはかなり性格がちがうようです。 坪庭や中庭は「閉ざす」ことで自然を切り取って、いわば自然を私有するわけですが、一坪里山はむしろ境界が開いたままの状態のほうが生き生きする。個人の庭というよりも、町が家に食い込んだみたいな、それ自体が町の風景だ、というくらいのスキマ感（原っぱ感）が必要だと思いました。 地域の自生種を入手するのはかなり難しい これもまたやってみて初めて気がついたことでした。地域の自生種とはいうものの、たとえばこれをその地域の園芸屋から入手するのは現状では不可能に近いのです。産地の識別ができないという、なんだか木材の世界とおなじことが植物の世界でも起きています。 田瀬さんの場合は茨城をはじめ全国に四カ所の協力拠点をもっていて、現代町家ではそのネットワークの力を借りられるのですが、これをだれもが出来るようにするのはかなりたいへんです。ただし、その「里山と都市を植物でつなぐ」という作業そのものを「住民運動」にしてしまう可能性は大いにありそうです。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>家のウチとソトとの「さかいめ」の話しでした。そこをどんなふうに生かすべきか。現代町家の核になるテーマですので、もうすこしこの話しを続けましょう。</p>
<h4>過去と現在、ふたつの連続平面図</h4>
<p>現代町家をはじめたころ、ぼくたち（小池一三、村田直子、それにぼくの三人）の興味は「家が建ったあとに残る空地」に集中していました。<br />
家が建ったときには必ず隣地とのあいだに空地が残ります。これは一敷地一建物を大原則とするいまの日本の町の宿命ですが、この宿命はじつは意外に歴史が浅くて、たとえば江戸期の町家にはこういった家と家のあいだの隙間、というか空地は見られません。<br />
ここに文化年間（19世紀初め）の京都、指物町の復元図があります。</p>
<div id="attachment_1128" class="wp-caption aligncenter" style="width: 324px">
<img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/10/no01.gif" alt="図-1" title="図-1" width="314" height="500" class="aligncenter size-full wp-image-1128" />
<p class="wp-caption-text"><span class="noteLink1">図-1</span></p>
</div>
<p>この復元図は釜座通りと竹屋町通りが交差する街区を示すものですが、ご覧のように隣地と壁を共有した町家が道路にたいして隙間なく並んでいます。空地は壁に囲まれた中庭や奥庭として現れますから、これはむしろ敷地を壁で囲い込んだローマ時代の都市の街区に似ています。<br />
この復元図を眺めているうちにふと思いつきました。もしもぼくらが考える現代町家の方法をこの街区に当てはめて、その平面図をここにはめ込んだらどういう町並みが現れるか。<br />
で、やってみたのがこの図です。</p>
<div id="attachment_1129" class="wp-caption aligncenter" style="width: 460px">
<img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/10/no02.jpg" alt="図−2" title="図−2" width="450" height="443" class="aligncenter size-full wp-image-1156" />
<p class="wp-caption-text"><span class="noteLink2">図-2</span></p>
</div>
<p>通りにたいして右ての街区は文化年間の復元図のまま残し、左ての街区に現代町家のブロック模型をはめ込んで、少し離したところにその平面図を置きました。<br />
敷地境界線はすべて過去の復元図のままです。敷地間口は６〜８メートル。奥行きは１5〜２0メートル。その短冊形の敷地に４、５、６メートル三種類のベース（母屋）を敷地ごとに<span class="noteLink3">シングル、ダブル、ジョイントのかたち</span>で組み合わせて配置し、さまざまタイプのゲヤ（下屋）でつないで連続させたのがご覧の平面図です。</p>
<h4>「空地」がつくる風景</h4>
<p>こういうのは恐れずにやってみるものですね。やってみて初めて気がついたことがたくさんあります。たとえば町のなかで空地がもつ意味。<br />
図面を見ていただくとわかりますが、ぼくらがつくった連続平面図では一軒の家がたくさんの小さな庭、というか空地（図面の緑色の部分）を抱き込んで、それがさらに隣の家の空地へとつながっていく状態が描かれています。<br />
じーっと見ていると、なんだか図と地が反転してくるような錯覚を覚えませんか？<br />
つまり建物のほうがネガで空地のほうがポジに見えてくる。<br />
そう見えるのは家と家とのあいだ、家と道路とのあいだ、そして家の凹みのあいだの空地がみな連続して、つながっているからです。もしかしたら、町の風景をつくるのは、建物自体よりもこの空地のほうなんじゃないかとぼくは思いました。<br />
よく言われるように、日本の町は隙間だらけです。中国でも西欧でも町は壁でできていて、空地は連続する居住ブロック（中国では<span class="noteLink4">「坊」</span>と呼ぶそうです）にえぐられた穴（中庭）ですが、日本の場合はもっとルーズで、むしろ隙間のほうが町の風景を決めている。<br />
ぼくはその「ゆるい」町の風景がとても好き（ぼくの住んでいる目黒近辺がちょうどそんな感じです）なのですが、どうも中国でも近年、かつての密実な都市の壁が壊れ始めているらしい。</p>
<p>中国の町づくりについて、歴史学者の妹尾達彦さんがこう発言しています。タイトルは「壁に囲まれた時代から壁が崩れていく時代へ、そしてこれから」。<br />
妹尾さんによれば「中国は、城壁から民家の壁、各部屋を区切る壁にいたるまで徹底した壁の文化」なのだけれど、「1950年から60年代には城壁を完全に撤去する政策が始」まって、「居住ブロック（坊）の壁自体が住民の手でこわされてゆくことすら」起きている‥‥‥。<br />
「ユーラシア大陸のシルクロードの沿線上の城郭都市も、速度の違いはあれ、住居を囲む壁が崩れていくのは共通」で、その理由を、妹尾さんは「地域共同体が解体して機能集団がつくられる近代社会では、壁が機能的に邪魔になる」からだといっています。（都市住居の普遍と変容・すまいろん65号）<br />
なるほど隙間だらけの日本の町というのも捨てたものじゃない。あのルーズでアナーキーな町のでき方というのはむしろ「近代社会」を先取りした都市の姿だったのかもしれません。<br />
さて話しがすこし飛んでしまいました。中国のようにモノとしての強い壁はもたないけれど、じつは「見えない壁」の圧力にさらされているのがいまの日本の町です。防犯、プライバシー、日照、それらは見えない壁と化していまの町を覆っている。それがいちばん強く出ているのがシャッター付き雨戸でしょう。あれは「密室化」してゆくいまの家の姿を象徴しています。<br />
閉ざす技術だけが肥大して、「家のウチとソトのさかいめ」はいま過度に硬直化し始めています。だから、ただ空地をつくればよいというものではなくて、閉ざした家をもういちど開かせるようなしくみがそこになくてはならないわけですが、ではどうしたらよいか。<br />
現代町家が用意した答えはまことに単純。「そこを植物で埋め尽くせ」。</p>
<h4>都市のなかの植物群</h4>
<p>なんて安直なんだ、と笑われるかもしれませんね。<br />
じつはぼくも最初、「植物なんていうのは逃げなんじゃないか」と気乗り薄でした。ところがよく考えてみれば、これはそうでもない。<br />
問題は「都市の自然」をどう考えるか、です。意外にも都市には自然が多い。そこにはミツバチが飛び交いタンポポが群生する、濃密な自然があるのです。（銀座のビルの屋上で養蜂し、ハチ蜜を採集している、なんていうのはその代表例でしょう。）ただ、その自然は郊外住宅の庭のようなまとまりはなくて、いわばスキマ化（路地化）している。だからあまり意識化されないのですが、そういった細切れの自然をつなぎ加速することが、家を開くための最初の一歩になるでしょう。<br />
現代町家のスタート時（ちょうど上で見ていただいた「町家の連続平面図」をつくったころですが）、家が建った後に残る空地をどう建築化すべきか、議論を重ねました。造園家の田瀬理夫さんにお会いしたのも、このころです。<br />
田瀬さんは当時、都市に残されたスキマの緑化に取り組んでいたのですが、そのやり方を見て驚きました。植物が立体化されている！<br />
わずか１メートル幅くらいの路地状の空地が植物で立体化され、空中に葉叢が生い茂る、そのシーンは圧倒的でした。<br />
もしもこういうやり方でスキマの緑化を個々の家に埋め込めば、同時多発的に都市全体の自然が加速するのではないか。そう思わせるだけの力がそこにはありました。</p>
<p>さてしかし、現代町家という家づくりの方法に田瀬さんの力をどう重ね合わせたらよいか。<br />
ただ「庭」をつくるというだけでは、ここで考えている「町家」になりません。庭が「建築的な装置」として、窓や屋根とおなじような働きをする必要があります。<br />
たとえば江戸期の町家は「坪庭」という優れた装置をもっていました。個々の家にとっては通風と採光のための小さな庭ですが、町全体にとっては坪庭がつながりあって上昇気流を発生させるという、まさにあれは都市建築的な装置です。あれに代わる何かをいまつくるとしたら？<br />
「『一坪里山』というのはどうだろう」<br />
そう言いだしたのは小池一三さんでした。<br />
「たとえ一坪でもいいから、一軒一軒の家が里山をもつ仕組みをつくったら面白い。いつかそれがつながって町の風景が変わるんじゃないか。」<br />
なるほどと思ったのは、それまでにぼくらは里山について、造園家の田瀬理夫さんから何度かレクチャーを受けていたからです。</p>
<p>「里山」を実体験するために、ぼくらは田瀬さんに連れられて博多近辺の沢筋をさかのぼったりしたこともあって、すでにいくぶんかの知識は得ていました。<br />
山道を歩きながらのレクチャーというのは、なかなか粋なものです。<br />
‥‥‥植生には地域差があるから、それを乱してはいけない‥‥‥都市の公園みたいな単調な植物相をつくってはだめだ、多種混生がよい‥‥‥在来種が多種混生する草地の景色は明るい黄緑色で、それが日本の原風景だ‥‥‥。<br />
いろんな話しを聞いたのですが、なかでもとくに印象的だったのは、田瀬さんが「里山の植物を都市に運ぶ」という一種の運動をしていたことです。小池さんが「一坪里山」と言ったのは、それをふまえたものでした。つまり、背後の里山と家庭の庭を、地域に自生する植物でつなぐ。<br />
事態はそのころ急速な勢いで動き始めています。大分と博多で現代町家のモデル建設が進み、もはや終盤にさしかかっていました。急いで田瀬さんに九州へ飛んでいただいて、具体的な里山計画がスタートしました。<br />
大分、博多、広島と、田瀬さんとの共同作業がつづいて、「一坪里山」を町と家のつなぎめに埋込む作業はいまも継続中です。息の長い作業になりそうですが、設計者としていまの時点で気がついていることを以下にランダムに列記しておきましょう。</p>
<ol class="list">
<li><strong>境界を閉ざさないほうがよい</strong><br />
<div id="attachment_1150" class="wp-caption aligncenter" style="width: 400px"><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/10/sono3_1.jpg" alt="安芸町家の一坪里山" title="安芸町家の一坪里山" width="390" height="260" class="size-full wp-image-1150" /><p class="wp-caption-text">安芸町家</p></div></p>
<div id="attachment_1131" class="wp-caption aligncenter" style="width: 400px">
<img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/10/sono3_3.jpg" alt="安芸町家の一坪里山" title="安芸町家の一坪里山" width="390" height="260" class="size-full wp-image-1158" />
<p class="wp-caption-text">安芸町家</p>
</div>
<p>実際にやってみると、「一坪里山」というのはこれまでの「坪庭」や「中庭」というのはかなり性格がちがうようです。<br />
坪庭や中庭は「閉ざす」ことで自然を切り取って、いわば自然を私有するわけですが、一坪里山はむしろ境界が開いたままの状態のほうが生き生きする。個人の庭というよりも、町が家に食い込んだみたいな、それ自体が町の風景だ、というくらいのスキマ感（原っぱ感）が必要だと思いました。</li>
<li><strong>地域の自生種を入手するのはかなり難しい</strong><br />
これもまたやってみて初めて気がついたことでした。地域の自生種とはいうものの、たとえばこれをその地域の園芸屋から入手するのは現状では不可能に近いのです。産地の識別ができないという、なんだか木材の世界とおなじことが植物の世界でも起きています。<br />
田瀬さんの場合は茨城をはじめ全国に四カ所の協力拠点をもっていて、現代町家ではそのネットワークの力を借りられるのですが、これをだれもが出来るようにするのはかなりたいへんです。ただし、その「里山と都市を植物でつなぐ」という作業そのものを「住民運動」にしてしまう可能性は大いにありそうです。
</li>
<li>
<strong>都市の里山は「無主」の風景をつくる</strong><br />
<div id="attachment_1153" class="wp-caption aligncenter" style="width: 400px"><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/10/sono3_2.jpg" alt="府内町家の一坪里山" title="府内町家の一坪里山" width="390" height="293" class="size-full wp-image-1153" /><p class="wp-caption-text">府内町家</p></div>都市の空地（路地、庭、スキマ）というのは、たとえそれが個人の私有地であっても、道をいく人にとってはある種の「無主の場所」として感じられるのではないか。都市のなかに里山が広がるシーンを想像しているとそんなことを思います。<br />
「庭」という考え方を捨てて、むしろそれを「里山」と考えれば、たしかにそれは「だれかのもの」なのだけれど、でも「だれのものでもなさそうに見える」という都市の風景の本質にまっすぐつながっていくように思えます。
</li>
</ol>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>その2 -よきことはみな外から来る</title>
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		<pubDate>Wed, 03 Aug 2011 06:55:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[建築家 趙海光の「現代町家ファイティング日誌」]]></category>

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		<description><![CDATA[前回は「現代町家の起点」の話でした。 木造にたいしてイームズを、町家にたいしてプロダクトを、一見したところ正反対のものを置いてみる、というのがその起点です。 そのせいか、ぼくにはいま「町家」も「木造」もなんだか古い着物を脱ぎ去ったような、とても新鮮なものに思えているのですが、ではその起点は町並みや風景とどんなふうに関係してくるのか。 あのあと、原稿はこんなふうに続いてゆきます。 （アーハウスno9　2010年7月） イームズと町家、町家とプロダクト、なにやらヘンな取り合わせですけれど、物ごとが動くときというのはこういうものなのかもしれません。私の案は名古屋市近郊の犬山でさっそく実施されることになり、現代町家の第一号「尾張町家」が小池さんと出会って一年も経たないうちに誕生してしまいました。 その後、現代町家は思いがけない広がりを見せます。小池さんのプログラムでは完成した尾張町家の現場で「塾」を開くことになっていました。その塾に50人を超える参加者が集まったのです。建物を実際に見ながらその場で尾張町家のコスト、設計法、パーツ、性能が検討され、そこでの議論から現代町家の運動が博多、大分、広島、高松と、各地に飛び火していきました。 ところでこの塾に参加した工務店の皆さんの目に、尾張町家という建物はどう映ったのか。でき上がったのはベースとゲヤで構成された箱に片流れの屋根が乗っているだけの、シンプルな家です。「町家をイメージさせる」というよりも、むしろ「工務店が取り組むプロダクト住宅としてイケルんじゃないか」というのが大方の意見でした。おそらくコンパクトなエコカーみたいな家として受けとめられたのでしょう（総額で２千万くらいの価格設定でした）。 さて、これを地域ごとにどんな町家に育てていくべきか、塾ではいろんな議論が交わされました。ただし現代町家は理念先行というより実戦型ですから、先に答えを出すのではなく、つくりながら答えを見つけていかなくてはなりません。すでに高松では讃岐町家が、大分では府内町家が始まっています。同じ設計法のなかから地域ごとに異なる町家を生むにはどうするか、各地域を飛び回るうちに、求める答えはどうも「建築の外側」にありそうだと私は考えるようになりました。 きっかけは大分で「湯布珪藻土」を見たことです。それは大分の工務店が現代町家を実施するために見つけてきた淡水産の珪藻土で、湯布地域の湖跡から掘り出すらしいのですが、輝度が高く、深みのある白い色をしていました。その微妙に変化する白い固まりを眺めていて、ぼんやりと思ったのです。地域性というのはかたちではなくて、地域ごとに変化する素材の色なんじゃないか。 「町家」を私は建築の論理で、設計のことばだけで考えていました。でも町家を成立させていたのは、当然のことながら建築を包んで広がる外側の世界、素材と、それを扱う職方や生産者がつくる広大な世の中なのでした。 いま湯布珪藻土は製品化を進めている段階ですが、そこには産地のひとも施行を担う職方も参加しています。同じことが島根県の出雲市ではスギの若齢木を重ね梁にするかたちで進行しています。 これらはみな、小池さんが「地域の自生種を探してそれを育てる」ことを各地の塾で提案したことから生まれたものです。 イームズと町家を強引につなげた結果がこういう展開になるとは夢にも思いませんでした。当初、「町家」は私にとって単に設計のためのことばだったのです。でも各地の工務店と協同するうちに、町家という考え方が協同のための「決めごと」に変化していき、たとえば「地域の自生種を探し出す」ことや「ベースとゲヤから生まれる空地を町並みに生かす」という、現代町家の基本ルールに生まれ変わりました。おそらくそうなった背景には、スタンダードな家というのは単品ではなくて、町のつくる風景との関係抜きには成立しないという思いがみんなにあって、それが協同を進めていくなかで育ったためなのだと思います。 ところで言い忘れましたが、各地で現代町家の塾を連続的に開いていくなかで、大きな出来事がふたつ起きました。ひとつは「博多現代町家」が2009年度のグッドデザイン賞を受けたこと、もうひとつは現代町家の外構に田瀬理夫さんの参加を得たことです。 田瀬さんは都市のまっただ中のビルを森に変貌させた「アクロス福岡」の仕事で有名ですが、その本当の狙いは在来自生植物の復活にあります。現代町家ではそれが「一坪里山」という提案につながりました。２メートル平方程度のカセット型の庭を個々の家に組み込んでそこに地域の在来植物を育てようというもので、これはいま家と町並みをつなぐための現代町家の基本ルールのひとつになっています。 うーん、我ながら、なんか紋切り型ですね。お恥ずかしいかぎりですが、でもぼくがここで言いたがっているのはこういうことです。 つまり「一軒の家をつくることが同時にそのまま家のソトをつくることにつながる」、そういうつくり方をしたい。 そのためにいま現代町家で試していることを、ぼくは上の文中でふたつ上げています。ひとつは「ベースとゲヤの配置から生まれる空地を町並みに生かすこと」、もうひとつは「地域の自生植物を育てる小さな庭（一坪里山）をもつこと」。 ベース（母屋）とゲヤ（下屋）のずれから生まれる凹み、そしてカセットタイプの草庭、どちらも家のウチとソトとの境界面に生まれる小さな自然を指しています。その小さな自然を、床や壁と同等の「建築的な部品」として家に盛り込んだらどうかとぼくは言っているのですが、このやり方の正否は実例で検証するしかありません。 いま現代町家では、家のウチとソトの境界面に「軒先から吊り下げるデッキ」や「大きな木の窓」を置いて、小さな自然の建築化に励んでいます。これから先、このファイテイング日誌でもいくつかの例をみなさんに見ていただくつもりですけれど、ただ、これまでのトライアルでわかってきたのは、そういった「小さな自然」に対してもまた「半製品化」というプロダクトの考え方が有効らしい、ということです。 誰かが半ばつくり置きしたものを次々にリレーしていくのがよい。オリジナリテイー、個人の独創性というのはこの場合かえっておもしろくないのではないか。論証抜きに、いまはそういっておきましょう。 そういえば、家のウチとソトについて、とても美しい言葉があったのを思い出しました。「よきことはみな外から来る」というのです。 「よきこと」ではなくて「よきもの」だったかもしれません。正確な言葉使いがどうだったか、もうよく思い出せないのですが、これは建築家の伊礼智さんの発言で、たしか屏風（ヒンプン）という沖縄地方特有の「目隠しであり、魔よけであり、風よけでもある」低い塀についての言葉でした。 なぜ屏風（ひんぷん）を自分は使うか。ウロ覚えですが伊礼さんはこんなことを言っていたと思います。 ‥‥‥沖縄地方の古い言い伝えに「よきことはみな外から来る」という言葉があること、自分はその言葉に惹かれること、外の世界にたいして、拒否ばかりでもなく受け入れるだけでもなく、「緩やかに外と繋がったり、やんわり拒絶しながら」、外を招き入れるようにして住宅をつくりたい‥‥‥。（ウロ覚えですので間違えていたらゴメンなさい） ぼくはこの言葉に賛成です。住宅はソトを招き入れる建築的仕掛けをもういちど一からつくり直すべきだと思います。 考えてみればこの40年間、建築家の家にたいする努力は「ウチ向き」でした。40年前といえば1970年代のことで、そのころ「都市住宅」という言葉が日本に初めて出現するのですが、それらの住宅は「外側はみな汚い」という考え方に貫かれています。ウチ側に私的な世界を築くことに努力が注がれました。でもそのことがソトを置き去りにしてしまったことに、いまようやくぼくらは気づき始めています。 「置き去りにした」とはつまり、家のウチ側には劇的なプライベート空間が生まれたけれど、家のソト側のほうは、道路とか公園とか、一気に抽象的で手の届かないパブリック空間にされて意識から外れてしまったということです。 おそらく「よきことはみな外から来る」という言葉が教えているのは、プライベートとパブリックの中間領域に、「よきこと」を受け止めるための、もうひとつ別のタイプの空間がある、ということでしょう。 家のウチとソトとの境界面に発生するこの柔らかい泡のような空間には、まだ呼び名がありません。それを何と呼べばよいのか？ たとえばスイスの建築家ピーター・ズントーはそれをとてもシンプルに「庭」と呼んでいます。 そのことをぼくはある動画サイトに投稿された彼の講演会記録を見て知ったのですが、長くなりますので、この話しはまた次回に。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>前回は「現代町家の起点」の話でした。<br />
木造にたいしてイームズを、町家にたいしてプロダクトを、一見したところ正反対のものを置いてみる、というのがその起点です。<br />
そのせいか、ぼくにはいま「町家」も「木造」もなんだか古い着物を脱ぎ去ったような、とても新鮮なものに思えているのですが、ではその起点は町並みや風景とどんなふうに関係してくるのか。<br />
あのあと、原稿はこんなふうに続いてゆきます。</p>
<div class="column">
<div style="text-align: right; font-size: 90%; font-weight: bold;">（アーハウスno9　2010年7月）</div>
<p>イームズと町家、町家とプロダクト、なにやらヘンな取り合わせですけれど、物ごとが動くときというのはこういうものなのかもしれません。私の案は名古屋市近郊の犬山でさっそく実施されることになり、現代町家の第一号「尾張町家」が小池さんと出会って一年も経たないうちに誕生してしまいました。<br />
その後、現代町家は思いがけない広がりを見せます。小池さんのプログラムでは完成した尾張町家の現場で「塾」を開くことになっていました。その塾に50人を超える参加者が集まったのです。建物を実際に見ながらその場で尾張町家のコスト、設計法、パーツ、性能が検討され、そこでの議論から現代町家の運動が博多、大分、広島、高松と、各地に飛び火していきました。</p>
<p><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/08/inuyama1.jpg" alt="現代町家塾 犬山1" title="現代町家塾 犬山1" width="350" height="233" class="aligncenter size-full wp-image-1106" /></p>
<p><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/08/inuyama2.jpg" alt="現代町家塾 犬山2" title="現代町家塾 犬山2" width="350" height="233" class="aligncenter size-full wp-image-1107" /></p>
<p>ところでこの塾に参加した工務店の皆さんの目に、尾張町家という建物はどう映ったのか。でき上がったのは<span class="noteLink1">ベースとゲヤ</span>で構成された箱に片流れの屋根が乗っているだけの、シンプルな家です。「町家をイメージさせる」というよりも、むしろ「工務店が取り組むプロダクト住宅としてイケルんじゃないか」というのが大方の意見でした。おそらくコンパクトなエコカーみたいな家として受けとめられたのでしょう（総額で２千万くらいの価格設定でした）。<br />
さて、これを地域ごとにどんな町家に育てていくべきか、塾ではいろんな議論が交わされました。ただし現代町家は理念先行というより実戦型ですから、先に答えを出すのではなく、つくりながら答えを見つけていかなくてはなりません。すでに高松では讃岐町家が、大分では府内町家が始まっています。同じ設計法のなかから地域ごとに異なる町家を生むにはどうするか、各地域を飛び回るうちに、求める答えはどうも「建築の外側」にありそうだと私は考えるようになりました。<br />
きっかけは大分で「湯布珪藻土」を見たことです。それは大分の工務店が現代町家を実施するために見つけてきた淡水産の珪藻土で、湯布地域の湖跡から掘り出すらしいのですが、輝度が高く、深みのある白い色をしていました。その微妙に変化する白い固まりを眺めていて、ぼんやりと思ったのです。地域性というのはかたちではなくて、地域ごとに変化する素材の色なんじゃないか。<br />
「町家」を私は建築の論理で、設計のことばだけで考えていました。でも町家を成立させていたのは、当然のことながら建築を包んで広がる外側の世界、素材と、それを扱う職方や生産者がつくる広大な世の中なのでした。<br />
いま湯布珪藻土は製品化を進めている段階ですが、そこには産地のひとも施行を担う職方も参加しています。同じことが島根県の出雲市ではスギの若齢木を重ね梁にするかたちで進行しています。<br />
これらはみな、小池さんが「地域の自生種を探してそれを育てる」ことを各地の塾で提案したことから生まれたものです。</p>
<p>イームズと町家を強引につなげた結果がこういう展開になるとは夢にも思いませんでした。当初、「町家」は私にとって単に設計のためのことばだったのです。でも各地の工務店と協同するうちに、町家という考え方が協同のための「決めごと」に変化していき、たとえば「地域の自生種を探し出す」ことや「ベースとゲヤから生まれる空地を町並みに生かす」という、現代町家の基本ルールに生まれ変わりました。おそらくそうなった背景には、スタンダードな家というのは単品ではなくて、町のつくる風景との関係抜きには成立しないという思いがみんなにあって、それが協同を進めていくなかで育ったためなのだと思います。<br />
ところで言い忘れましたが、各地で現代町家の塾を連続的に開いていくなかで、大きな出来事がふたつ起きました。ひとつは「博多現代町家」が2009年度のグッドデザイン賞を受けたこと、もうひとつは現代町家の外構に田瀬理夫さんの参加を得たことです。</p>
<p><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/08/hakatamachiya.jpg" alt="博多町家" title="博多町家" width="350" height="233" class="aligncenter size-full wp-image-1109" /></p>
<p>田瀬さんは都市のまっただ中のビルを森に変貌させた「アクロス福岡」の仕事で有名ですが、その本当の狙いは在来自生植物の復活にあります。現代町家ではそれが「一坪里山」という提案につながりました。２メートル平方程度のカセット型の庭を個々の家に組み込んでそこに地域の在来植物を育てようというもので、これはいま家と町並みをつなぐための現代町家の基本ルールのひとつになっています。</p>
</div>
<p>うーん、我ながら、なんか紋切り型ですね。お恥ずかしいかぎりですが、でもぼくがここで言いたがっているのはこういうことです。<br />
つまり「一軒の家をつくることが同時にそのまま家のソトをつくることにつながる」、そういうつくり方をしたい。</p>
<p>そのためにいま現代町家で試していることを、ぼくは上の文中でふたつ上げています。ひとつは「ベースとゲヤの配置から生まれる空地を町並みに生かすこと」、もうひとつは「地域の自生植物を育てる小さな庭（一坪里山）をもつこと」。</p>
<p><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/08/satoyama2.jpg" alt="ベースとゲヤの配置から生まれる空地を町並みに生かすこと" title="ベースとゲヤの配置から生まれる空地を町並みに生かすこと" width="299" height="430" class="aligncenter size-full wp-image-1093" /></p>
<p><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/08/satoyama1.jpg" alt="「地域の自生植物を育てる小さな庭（一坪里山）をもつこと" title="「地域の自生植物を育てる小さな庭（一坪里山）をもつこと" width="450" height="299" class="aligncenter size-full wp-image-1094" /></p>
<p>ベース（母屋）とゲヤ（下屋）のずれから生まれる凹み、そしてカセットタイプの草庭、どちらも家のウチとソトとの境界面に生まれる小さな自然を指しています。その小さな自然を、床や壁と同等の「建築的な部品」として家に盛り込んだらどうかとぼくは言っているのですが、このやり方の正否は実例で検証するしかありません。<br />
いま現代町家では、家のウチとソトの境界面に<span class="noteLink2">「軒先から吊り下げるデッキ」</span>や<span class="noteLink3">「大きな木の窓」</span>を置いて、小さな自然の建築化に励んでいます。これから先、このファイテイング日誌でもいくつかの例をみなさんに見ていただくつもりですけれど、ただ、これまでのトライアルでわかってきたのは、そういった「小さな自然」に対してもまた「半製品化」というプロダクトの考え方が有効らしい、ということです。<br />
誰かが半ばつくり置きしたものを次々にリレーしていくのがよい。オリジナリテイー、個人の独創性というのはこの場合かえっておもしろくないのではないか。論証抜きに、いまはそういっておきましょう。</p>
<p>そういえば、家のウチとソトについて、とても美しい言葉があったのを思い出しました。「よきことはみな外から来る」というのです。<br />
「よきこと」ではなくて「よきもの」だったかもしれません。正確な言葉使いがどうだったか、もうよく思い出せないのですが、これは建築家の伊礼智さんの発言で、たしか屏風（ヒンプン）という沖縄地方特有の「目隠しであり、魔よけであり、風よけでもある」低い塀についての言葉でした。<br />
なぜ屏風（ひんぷん）を自分は使うか。ウロ覚えですが伊礼さんはこんなことを言っていたと思います。<br />
‥‥‥沖縄地方の古い言い伝えに「よきことはみな外から来る」という言葉があること、自分はその言葉に惹かれること、外の世界にたいして、拒否ばかりでもなく受け入れるだけでもなく、「緩やかに外と繋がったり、やんわり拒絶しながら」、外を招き入れるようにして住宅をつくりたい‥‥‥。（ウロ覚えですので間違えていたらゴメンなさい）</p>
<div class="wp-caption aligncenter" style="width: 310px"><a href="http://www.bionet.jp/2009/01/sketch002/"><img src="http://www.bionet.jp/wp-content/uploads/2009/01/sketch002_05.jpg" alt="屏風（ヒンプン）。住まいネット新聞びお伊礼智の実測スケッチより" title="屏風（ヒンプン）。住まいネット新聞びお伊礼智の実測スケッチより" width="300" /></a><p class="wp-caption-text">屏風（ヒンプン）。住まいネット新聞びお「伊礼智の実測スケッチ」より</p></div>
<p>ぼくはこの言葉に賛成です。住宅はソトを招き入れる建築的仕掛けをもういちど一からつくり直すべきだと思います。<br />
考えてみればこの40年間、建築家の家にたいする努力は「ウチ向き」でした。40年前といえば1970年代のことで、そのころ<span class="noteLink4">「都市住宅」</span>という言葉が日本に初めて出現するのですが、それらの住宅は「外側はみな汚い」という考え方に貫かれています。ウチ側に私的な世界を築くことに努力が注がれました。でもそのことがソトを置き去りにしてしまったことに、いまようやくぼくらは気づき始めています。<br />
「置き去りにした」とはつまり、家のウチ側には劇的なプライベート空間が生まれたけれど、家のソト側のほうは、道路とか公園とか、一気に抽象的で手の届かないパブリック空間にされて意識から外れてしまったということです。</p>
<p>おそらく「よきことはみな外から来る」という言葉が教えているのは、プライベートとパブリックの中間領域に、「よきこと」を受け止めるための、もうひとつ別のタイプの空間がある、ということでしょう。<br />
家のウチとソトとの境界面に発生するこの柔らかい泡のような空間には、まだ呼び名がありません。それを何と呼べばよいのか？<br />
たとえばスイスの建築家ピーター・ズントーはそれをとてもシンプルに「庭」と呼んでいます。<br />
そのことをぼくはある動画サイトに投稿された彼の講演会記録を見て知ったのですが、長くなりますので、この話しはまた次回に。</p>
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		<title>新コーナー「現代町家ファイティング日誌」を開始しました。</title>
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		<pubDate>Wed, 27 Jul 2011 00:10:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[現代町家のシステム考案者である建築家・趙海光氏による「現代町家ファイティング日誌」を開始しました。 現代町家がどのように生まれ、現場がうごき、変化していっているかをつぶさにレポートします。 現代町家の今とこれからがわかります。お楽しみに！ http://gendaimachiya.jp/category/travelog-cho/]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>現代町家のシステム考案者である建築家・趙海光氏による「現代町家ファイティング日誌」を開始しました。<br />
現代町家がどのように生まれ、現場がうごき、変化していっているかをつぶさにレポートします。</p>
<p>現代町家の今とこれからがわかります。お楽しみに！</p>
<p><a href="http://gendaimachiya.jp/category/travelog-cho/" title="現代町家ファイティング日誌">http://gendaimachiya.jp/category/travelog-cho/<br />
</a></p>
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		<title>その1 -町家とプロダクト</title>
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		<pubDate>Wed, 27 Jul 2011 00:00:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[建築家 趙海光の「現代町家ファイティング日誌」]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://gendaimachiya.jp/?p=1062</guid>
		<description><![CDATA[みなさんこんにちは。現代町家の趙（ちょう）です。このたび「ファイテイング日誌」なるものをはじめることになりましたので、ちょっと開始のご挨拶を。 現代町家をレポートする さて、これからはじめようというのはいわばレポートです。 現代町家の現場はいまどんなふうに動いているか、どこでなにをやり、どんな工夫が生まれ、自分はいまなにを考えているか、そういったことをみなさんに生のレポートのかたちでお伝えしたい。 ご存知のように現場というのは闘技場みたいなものです。ヘタな考えや甘っちょろい提案なんぞは、ヤスリにかけられてすぐにボロボロになる。「現代町家」もおなじです。これまで提案した考えのうち、あるものは拒否され、あるものは蹴飛ばされてどこかに消えました。 でもむろん、生き延びたものもあるのです。たとえば「半製品」という考え方。これは意外なタフさで現場のヤスリに耐えました。 半製品というのは「過度に凝り固まった既製品をもういちど素材に戻して使う」という、現代の工業生産力の方向を変えた使い方のことなのですが、それについてはまたおいおい説明していくことにして、まず一回目の今日は「現代町家の生い立ち」から話し始めることにしましょう。 現代町家の生い立ち 現代町家はどんなふうにして始まったのか。 じつは一年ほどまえにおなじような質問をある雑誌社から受けました。「アーハウス」というとてもハイブローな雑誌で、青森を拠点にする文化誌です。 編集部からの依頼はこう。「現代町家というのは町並みと風景を考えるそうだが、具体的にはどういうものなのか、そのはじまりから教えてほしい。」 リクエストに答えてぼくはこんな原稿を書きました。 （アーハウスno９　2010年7月） 町家とプロダクト いま「現代町家」という仕事をしています。日本の各地の工務店と協同で進めているもので、でき上がった家には「博多町家」とか「長州町家」とか、それぞれの地名をつけているのですが、これは木造のスタンダードな家（つまり現代の町家）を地域の事情に合わせて個別につくっていこう、という考えからきたものでした。 派手ではないけれどシンプルで、かつ手頃な価格で入手できるスタンダードな家、というのは建築を志す者が共通して持つ夢らしく、これまでにも多くの建築家たちが挑戦しています。古くはル・コルビュジェのシトロエンハウス、フランク・ロイド・ライトのユーソニアンハウス、日本では増沢洵の最小限住居と、数え上げたら切りがありません。ただ私の場合は、そういった輝かしい先例の後を追うというよりももう少し個人的な事情が先にありました。発端は小池一三さんに出会ったことです。 小池さんはOMソーラーを世に広めたひとで、いまは「町の工務店ネット」を組織してスタンダード住宅の運動に取り組んでいます。その小池さんが、「木造でイームズみたいな家をやりませんか」と私に勧めてくれたのがことの始まりでした。 イームズ自邸の工事現場写真。組み立て中の鉄骨のうえでイームズ夫妻がダンスしている。 イームズは家具デザインで知られていますが、彼の自邸は鉄骨造で、その部品はすべて既成の工業製品だけ、という大胆なものです。ああいう感じを木造でやったらどうか、というのには大いに気をそそられました。しかもそこにとどまらず、工務店と組んでそれをスタンダード化するという緻密な戦略を小池さんは考えていました。 小池さんの提案は魅力的です。しかしよく考えてみれば、これはすでに、過去に何度も試されたやり方なのでした。 木造の部品化というのはスタンダードな住宅を考えるときに誰もがやる方法なのです。だから、いまあえてそれをやるとしたら「モデル」を変える必要があります。 つまり、部品化を工業化とは別のモデルに置き換えてみる。これまで部品化木造といえば工業化住宅というプレハブ的なイメージが強いのですが、その原イメージを「町家」に置き換えたらどうか‥‥‥考えてみれば、かつての町家もまた多くの職方に支えられた部品化木造なのでした。 そこでまとめたのがこんな案です。まず家の基本シェルターを６メートル立方に絞ってこれを「ベース」とし、在来工法で木造モノコックボデイをつくる。次に、インフィルにはかつての町家がもっていた土間とか軒下といった空間装置を取り入れてこれを「ゲヤ」とする。 つまり「６メートル角の素の箱」に「町家型部品」を組み込んで「ベース＋ゲヤの入れ子」にしたものを考えたわけですが、当然のように小池さんから質問がきました。「町家型部品」って何だ？ 私の頭には「物干箱」だの「光土間」だの「カセット坪庭」だのという奇妙なことばが浮かんでいました。部品の単位をすこし大きくとらえて、場面をつくるようなパーツができないか。 手づくりにはこだわらずむしろ工業製品を積極的に使おうと考えていました。ただしなるべく製品化の進んでいない素材に近い状態のものを選び、それを加工して組み合わせる。たぶんそれは、過去の町家がもっていた建築的工夫を、イームズのようにプロダクト的なやり方でつくろう、といったイメージだったと思います。 家の原イメージを変えよう 原稿はまだまだ続くのですが、初回からあまり長くなってもいけません。ここから先は次回にまわすとして、ポイントだけ整理しておきましょう。 ここまでの文章でぼくは「家の原イメージを変えよう」といっています。 町家を過去のものと考えてはいけない。町家というのはかつてのプロダクト住宅なのであって、そのプロダクトの仕組みはいまのものよりも柔軟だし魅力的だ。だからその「かたち」ではなくて「つくり方」のモデルとして、町家を現代の家の原イメージに据え直そう。 これは後で気がついたのですが、建築家の塚本由晴さんもおなじようなことをいっています。つまり「狭小住宅というのはもう止めにして、都市のなかの住宅はみな町家と呼ぶようにしたらどうか。」 塚本さんは「２０世紀以来の住宅が自由を求めてその果てに自壊させてしまったもの」についての反省を語っています（住宅特集2011年2月号）。「自壊」という言葉をつかっているところに注目してください。建築にたずさわるものが自ら壊したのだと塚本さんはいっているのです。彼の場合「町家」という呼び方には、家というものの「壊れ」の自覚と復活への思いが込められているのでしょう。 たしかに現代の家にはどこか「壊れた」印象がある。どこにいってもおなじ家が建っているという底の知れない不気味さ。これはたぶん「かたちがおなじ」だからではないのです。そうではなくて、おなじ素材おなじ部品をなんの工夫もなく繰り返し使わせてしまうそのプロダクトの仕組みの不気味さです。 かつての町並みはおなじ素材、おなじ構法で家がつくられながら、かえってそれが町の魅力を生んでいたのですが、現代ではそれが逆に底の知れない不気味さを生んでしまう。 だとしたら問題はやはりプロダクトの仕組みにあるでしょう。先に述べた「半製品」という考え方はそこに風穴をあけようという提案でもあるのです。 さて初回からすこし長くなってしまいました。 これから現代町家をめぐるファイテイング日誌をみなさんにお届けしてゆきます。ときには数行、ときには長文、気の向くままに綴っていく、いささか我がままな日誌になりそうですが、どうぞ次回をお楽しみに。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>みなさんこんにちは。現代町家の趙（ちょう）です。このたび「ファイテイング日誌」なるものをはじめることになりましたので、ちょっと開始のご挨拶を。</p>
<h4>現代町家をレポートする</h4>
<p>さて、これからはじめようというのはいわばレポートです。<br />
現代町家の現場はいまどんなふうに動いているか、どこでなにをやり、どんな工夫が生まれ、自分はいまなにを考えているか、そういったことをみなさんに生のレポートのかたちでお伝えしたい。<br />
ご存知のように現場というのは闘技場みたいなものです。ヘタな考えや甘っちょろい提案なんぞは、ヤスリにかけられてすぐにボロボロになる。「現代町家」もおなじです。これまで提案した考えのうち、あるものは拒否され、あるものは蹴飛ばされてどこかに消えました。<br />
でもむろん、生き延びたものもあるのです。たとえば「半製品」という考え方。これは意外なタフさで現場のヤスリに耐えました。<br />
半製品というのは「過度に凝り固まった既製品をもういちど素材に戻して使う」という、現代の工業生産力の方向を変えた使い方のことなのですが、それについてはまたおいおい説明していくことにして、まず一回目の今日は「現代町家の生い立ち」から話し始めることにしましょう。</p>
<h4>現代町家の生い立ち</h4>
<p>現代町家はどんなふうにして始まったのか。<br />
じつは一年ほどまえにおなじような質問をある雑誌社から受けました。「アーハウス」というとてもハイブローな雑誌で、青森を拠点にする文化誌です。<br />
編集部からの依頼はこう。「現代町家というのは町並みと風景を考えるそうだが、具体的にはどういうものなのか、そのはじまりから教えてほしい。」<br />
リクエストに答えてぼくはこんな原稿を書きました。</p>
<div class="column">
<div style="text-align: right; font-size: 90%; font-weight: bold;">（アーハウスno９　2010年7月）</div>
<p><img class="aligncenter size-full wp-image-1062" title="アーハウスno９　2010年7月" src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/07/ahaus1.jpg" alt="アーハウスno９　2010年7月" width="350" height="267" /></p>
<h4>町家とプロダクト</h4>
<p>いま「現代町家」という仕事をしています。日本の各地の工務店と協同で進めているもので、でき上がった家には「博多町家」とか「長州町家」とか、それぞれの地名をつけているのですが、これは木造のスタンダードな家（つまり現代の町家）を地域の事情に合わせて個別につくっていこう、という考えからきたものでした。<br />
派手ではないけれどシンプルで、かつ手頃な価格で入手できるスタンダードな家、というのは建築を志す者が共通して持つ夢らしく、これまでにも多くの建築家たちが挑戦しています。古くはル・コルビュジェのシトロエンハウス、フランク・ロイド・ライトのユーソニアンハウス、日本では増沢洵の最小限住居と、数え上げたら切りがありません。ただ私の場合は、そういった輝かしい先例の後を追うというよりももう少し個人的な事情が先にありました。発端は小池一三さんに出会ったことです。<br />
小池さんはOMソーラーを世に広めたひとで、いまは「町の工務店ネット」を組織してスタンダード住宅の運動に取り組んでいます。その小池さんが、「木造でイームズみたいな家をやりませんか」と私に勧めてくれたのがことの始まりでした。</p>
<div id="attachment_1075" class="wp-caption aligncenter" style="width: 360px"><img class="size-full wp-image-1075" title="イームズの自邸は鉄骨造" src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2011/07/eames.jpg" alt="イームズの自邸は鉄骨造" width="350" height="355" />
<p style="text-align:left"><span class="noteLink1">イームズ自邸</span>の工事現場写真。組み立て中の鉄骨のうえでイームズ夫妻がダンスしている。</p>
</div>
<p>イームズは家具デザインで知られていますが、彼の自邸は鉄骨造で、その部品はすべて既成の工業製品だけ、という大胆なものです。ああいう感じを木造でやったらどうか、というのには大いに気をそそられました。しかもそこにとどまらず、工務店と組んでそれをスタンダード化するという緻密な戦略を小池さんは考えていました。<br />
小池さんの提案は魅力的です。しかしよく考えてみれば、これはすでに、過去に何度も試されたやり方なのでした。<br />
木造の部品化というのはスタンダードな住宅を考えるときに誰もがやる方法なのです。だから、いまあえてそれをやるとしたら「モデル」を変える必要があります。<br />
つまり、部品化を工業化とは別のモデルに置き換えてみる。これまで部品化木造といえば工業化住宅というプレハブ的なイメージが強いのですが、その原イメージを「町家」に置き換えたらどうか‥‥‥考えてみれば、かつての町家もまた多くの職方に支えられた部品化木造なのでした。<br />
そこでまとめたのがこんな案です。まず家の基本シェルターを６メートル立方に絞ってこれを「ベース」とし、在来工法で木造モノコックボデイをつくる。次に、インフィルにはかつての町家がもっていた土間とか軒下といった空間装置を取り入れてこれを「ゲヤ」とする。<br />
つまり「６メートル角の素の箱」に「町家型部品」を組み込んで「ベース＋ゲヤの入れ子」にしたものを考えたわけですが、当然のように小池さんから質問がきました。「町家型部品」って何だ？<br />
私の頭には「物干箱」だの「光土間」だの「カセット坪庭」だのという奇妙なことばが浮かんでいました。部品の単位をすこし大きくとらえて、場面をつくるようなパーツができないか。<br />
手づくりにはこだわらずむしろ工業製品を積極的に使おうと考えていました。ただしなるべく製品化の進んでいない素材に近い状態のものを選び、それを加工して組み合わせる。たぶんそれは、過去の町家がもっていた建築的工夫を、イームズのようにプロダクト的なやり方でつくろう、といったイメージだったと思います。</p>
</div>
<h4>家の原イメージを変えよう</h4>
<p>原稿はまだまだ続くのですが、初回からあまり長くなってもいけません。ここから先は次回にまわすとして、ポイントだけ整理しておきましょう。<br />
ここまでの文章でぼくは「家の原イメージを変えよう」といっています。<br />
町家を過去のものと考えてはいけない。町家というのはかつてのプロダクト住宅なのであって、そのプロダクトの仕組みはいまのものよりも柔軟だし魅力的だ。だからその「かたち」ではなくて「つくり方」のモデルとして、町家を現代の家の原イメージに据え直そう。<br />
これは後で気がついたのですが、建築家の塚本由晴さんもおなじようなことをいっています。つまり「狭小住宅というのはもう止めにして、都市のなかの住宅はみな町家と呼ぶようにしたらどうか。」<br />
塚本さんは「２０世紀以来の住宅が自由を求めてその果てに自壊させてしまったもの」についての反省を語っています（住宅特集2011年2月号）。「自壊」という言葉をつかっているところに注目してください。建築にたずさわるものが自ら壊したのだと塚本さんはいっているのです。彼の場合「町家」という呼び方には、家というものの「壊れ」の自覚と復活への思いが込められているのでしょう。</p>
<p>たしかに現代の家にはどこか「壊れた」印象がある。どこにいってもおなじ家が建っているという底の知れない不気味さ。これはたぶん「かたちがおなじ」だからではないのです。そうではなくて、おなじ素材おなじ部品をなんの工夫もなく繰り返し使わせてしまうそのプロダクトの仕組みの不気味さです。<br />
かつての町並みはおなじ素材、おなじ構法で家がつくられながら、かえってそれが町の魅力を生んでいたのですが、現代ではそれが逆に底の知れない不気味さを生んでしまう。<br />
だとしたら問題はやはりプロダクトの仕組みにあるでしょう。先に述べた「半製品」という考え方はそこに風穴をあけようという提案でもあるのです。</p>
<p>さて初回からすこし長くなってしまいました。<br />
これから現代町家をめぐるファイテイング日誌をみなさんにお届けしてゆきます。ときには数行、ときには長文、気の向くままに綴っていく、いささか我がままな日誌になりそうですが、どうぞ次回をお楽しみに。</p>
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		<title>7月6日(水)現代町家勉強会の生中継を行います。</title>
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		<pubDate>Tue, 05 Jul 2011 20:44:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[7月6日に東京で行われる現代町家勉強会の一部を、Ustreamで生中継します。 番組アドレス http://www.ustream.tv/channel/biosumainews 中継は、冒頭の趙海光さんの話、30分程度の予定です。 お時間の許す方は、ぜひご覧ください。 7月6日(水) 13:30過ぎから生中継です。 ※携帯電話網での接続となるため、画質の低下や音飛び、切断などが発生する可能性があります。その際はご容赦ください。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>7月6日に東京で行われる現代町家勉強会の一部を、Ustreamで生中継します。</p>
<p>番組アドレス<br />
<a href="http://www.ustream.tv/channel/biosumainews">http://www.ustream.tv/channel/biosumainews</a></p>
<p>中継は、冒頭の趙海光さんの話、30分程度の予定です。<br />
お時間の許す方は、ぜひご覧ください。</p>
<p>7月6日(水) 13:30過ぎから生中継です。</p>
<p>※携帯電話網での接続となるため、画質の低下や音飛び、切断などが発生する可能性があります。その際はご容赦ください。</p>
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		<title>全国「現代町家」マップに新しい名称を追加しました。</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 00:57:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[全国「現代町家」マップに新しい名称を追加しました。 http://gendaimachiya.jp/map/]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>全国「現代町家」マップに新しい名称を追加しました。</p>
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		<title>「日本各地の現代町家」を更新しました。</title>
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		<pubDate>Thu, 09 Dec 2010 05:01:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[ギャラリーに「越後現代町家」を追加しました。 全国「現代町家」マップに新しい名称を追加しました。 http://gendaimachiya.jp/map/]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ギャラリーに「越後現代町家」を追加しました。<br />
全国「現代町家」マップに新しい名称を追加しました。</p>
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		<title>現代町家・一坪里山が朝日新聞に取り上げられました。</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Dec 2010 08:33:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://gendaimachiya.jp/?p=1009</guid>
		<description><![CDATA[2010年12月3日の朝日新聞(東京版)に、広島・安芸町家の一坪里山が取り上げられました。 「都会の庭、命を育む」と題され、庭の緑が鳥や虫の貴重な住みかになっているという記事です。 大須加建設の大須加社長と、緑化を手がけたプランタゴ・田瀬理夫さんの談話や写真が掲載されるとともに、現代町家のコンセプト、ルールなどにも触れられています。 ささやかではあるけれど、「一坪里山」の取り組みには大きな意味があります。そのことを再認識する記事でした。 「一坪里山」をつくろう http://gendaimachiya.jp/build/hitotsubo/ 安芸町家 http://www.akimachiya.com/]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2010年12月3日の朝日新聞(東京版)に、広島・安芸町家の一坪里山が取り上げられました。</p>
<p><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/uploads/2010/12/20101203photo-273x300.jpg" alt="20101203photo" title="20101203photo" width="273" height="300" class="alignright size-medium wp-image-1010" />「都会の庭、命を育む」と題され、庭の緑が鳥や虫の貴重な住みかになっているという記事です。<br />
大須加建設の大須加社長と、緑化を手がけたプランタゴ・田瀬理夫さんの談話や写真が掲載されるとともに、現代町家のコンセプト、ルールなどにも触れられています。</p>
<p>ささやかではあるけれど、「一坪里山」の取り組みには大きな意味があります。そのことを再認識する記事でした。</p>
<p><a href="http://gendaimachiya.jp/build/hitotsubo/">「一坪里山」をつくろう</p>
<p>http://gendaimachiya.jp/build/hitotsubo/</p>
<p></a></p>
<p><a href="http://www.akimachiya.com/">安芸町家</p>
<p>http://www.akimachiya.com/</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://gendaimachiya.jp/2010/12/%e7%8f%be%e4%bb%a3%e7%94%ba%e5%ae%b6%e3%83%bb%e4%b8%80%e5%9d%aa%e9%87%8c%e5%b1%b1%e3%81%8c%e6%9c%9d%e6%97%a5%e6%96%b0%e8%81%9e%e3%81%ab%e5%8f%96%e3%82%8a%e4%b8%8a%e3%81%92%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%be/feed/</wfw:commentRss>
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		<title>長期優良住宅先導事業に採択されました！</title>
		<link>http://gendaimachiya.jp/2010/06/%e9%95%b7%e6%9c%9f%e5%84%aa%e8%89%af%e4%bd%8f%e5%ae%85%e5%85%88%e5%b0%8e%e4%ba%8b%e6%a5%ad%e3%81%ab%e6%8e%a1%e6%8a%9e%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%be%e3%81%97%e3%81%9f%ef%bc%81/</link>
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		<pubDate>Fri, 11 Jun 2010 07:00:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[この事業の募集は定数に達したため終了しました。ありがとうございました。 「いいものをつくってきちんと手入れして長く大切に使う」というストック社会の住宅のあり方についての先導的な提案を、国が公募し、建設工事費等の一部を補助する「長期優良住宅先導事業」 この平成22年度の採択結果が本日発表され、『山と工務店・建築家の協働による「現代町家」システム』が採択を受けました。新築時に最大200万円の補助金が受けられます。 国土交通省　報道発表資料 平成２２年度（第１回）長期優良住宅先導事業の採択事業の決定について]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="color:#cc0000;">この事業の募集は定数に達したため終了しました。ありがとうございました。</p>
<p>「いいものをつくってきちんと手入れして長く大切に使う」というストック社会の住宅のあり方についての先導的な提案を、国が公募し、建設工事費等の一部を補助する「長期優良住宅先導事業」</p>
<p>この平成22年度の採択結果が本日発表され、『山と工務店・建築家の協働による「現代町家」システム』が採択を受けました。新築時に最大200万円の補助金が受けられます。 </p>
<p><a href="http://www.mlit.go.jp/report/press/house06_hh_000043.html">国土交通省　報道発表資料<br />
平成２２年度（第１回）長期優良住宅先導事業の採択事業の決定について</a></p>
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		<title>【びお特集】福岡・博多町家 「びお」お披露目会</title>
		<link>http://gendaimachiya.jp/2010/05/%e3%80%90%e3%81%b3%e3%81%8a%e7%89%b9%e9%9b%86%e3%80%91%e7%a6%8f%e5%b2%a1%e3%83%bb%e5%8d%9a%e5%a4%9a%e7%94%ba%e5%ae%b6-%e3%80%8c%e3%81%b3%e3%81%8a%e3%80%8d%e3%81%8a%e6%8a%ab%e9%9c%b2%e7%9b%ae%e4%bc%9a/</link>
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		<pubDate>Mon, 31 May 2010 01:00:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[長崎材木店によるグッドデザイン賞を獲得した「福岡・博多町家」が住まいネット新聞びおに掲載されました！ 【びお特集】福岡・博多町家 「びお」お披露目会 グッドデザインファインダー「博多・現代町家」 株式会社長崎材木店]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>長崎材木店によるグッドデザイン賞を獲得した「福岡・博多町家」が住まいネット新聞びおに掲載されました！</p>
<p><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/themes/gendaimachiya/images/gooddesign-1.gif" width="150" alt="グッドデザイン" style="float:right" /></p>
<p><img src="http://gendaimachiya.jp/wp-content/themes/gendaimachiya/images/hakata01-1.jpg" alt="博多町家" width="390" /></p>
<p><a href="http://www.bionet.jp/hakatamachiya/">【びお特集】福岡・博多町家 「びお」お披露目会 </a><br />
<a href="http://www.g-mark.org/award/detail.html?id=35402">グッドデザインファインダー「博多・現代町家」</a><br />
<a href="http://www.nagasakizaimokuten.co.jp/">株式会社長崎材木店</a></p>
]]></content:encoded>
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